催 行
:
終日
実 施
毎日 (月・木曜日除く)
料 金
€79 (ユーロ)
乗り物
空調完備ヴァン – 専用ボート
含まれるもの
ホテル送迎 – 昼食 – 軽食 – ソフトドリンク - 各種入場料 – プロガイド
新ボスポラスクルーズ ヨーロッパ – アジア & 黒海
ホテルへお迎え。出発ポイントのエミノニュ又はカバタシュへ
エミノニュ / カバタシュ
出発 09 :00
1
オルタキョイ
到着 : 09:15 - Depart : 10:00
2
ベイレルベイ宮殿
到着 : 10:15 - Depart : 11:30
3
ルメリ・ヒサール
到着 : 11:45 - Depart : 12:45
昼食 ヨーロッパ・アジアの2大陸間 船上で
4
アナドル カヴァーヴ
到着 : 13:45 - Depart : 15:30
5
ポイラズキョイ
到着 : 15:45 - Depart : 16:30
カバタシュ / エミノニュ
到着 :18:20
ボスポラス海峡沿いにある面白い歴史を持つ持っています。ここには教会、シナゴーグそしてモスクが狭い通りに共存しています。今日では若者やヒッピーなどが集まり、アートギャラリーや上品なカフェやバーやアンティークを取り扱うブティックなどがあります。暖かい土曜日や日曜日には芸術家たちが作った洋服やアクセサリーが狭い通りに並び、即興のアートとクラフトの展示会のようになります。水辺にはオルタキョイ・ジャミィと呼ばれるモスク、ユダヤ教のシナゴーグが1660年からあります。古い建物は火災により壊滅し、現在の建物は1941年に建てられたものです。
ボスポラス海峡の両岸にはかつてのオスマンの宮殿があります。皇帝たちは安息の場を必要としていて、30もの部屋を持つベイレルベイ宮殿はアブドゥル・アジズ(1861-76)のものでした。メフメット2世はここに木造の宮殿を建てましたが、他の多くの場所同様焼け落ちました。スルタンの来賓宿舎のように多くの君主王室の来賓があり、アブドゥル・アジズもここで多くの時間を過ごしました。
ここはボスポラス海峡でもっとも狭いところ。1452年ビザンチン時代、コンスタンチノープルの攻撃に備え、支配者メフメットがこの要塞をわずか4ヶ月で完成させました。メフメットは3人の高官にそれぞれメインとなる3つの塔を責任を持つように命じました。ルメリ・ヒサールが一度完成すると、対岸のアジアサイドにアナドル・ヒサールを建て、ボスポラス海峡を通行する船の取締りをし、黒海から下ってくる船を両岸の要塞から挟み撃ちにしました。
村の小高い丘の上にはアナドル・カヴァーヴの遺跡の残骸と7つの大規模な塔の壁が城跡として残っています。最初にビザンチン時代1350年にジェノバ人によって造られ、後にオスマン帝国により修復・補強されました。ここは海峡が狭くなっているので、交通のコントロールや攻撃をするためには絶好の選択でした。スルタン・ムラト4世は更に2つの要塞をここから北に設置しました。イスタンブール、ボスポラス海峡、黒海のパノラマを一望できる絶好の場所です。
ボイラズキョイは黒海に最も近い町の一つで、イスタンブールのアジア・サイドに位置しています。眺めの素晴らしい橋の尖塔は砲床と弾薬店を示しています。町は丘の上に位置していますが、ビーチから町に通ずる道があります。ポイラズキョイはイスタンブールから黒海の間にある絶好の休養場所となっています。
http://www.acetestravel.com http://www.dailyistanbulsightseeing.com
会員: